校長室だより4号

青春から白秋へ ~ (図書103号から)     山田和彦   

山陰本線を走る京都発の鈍行(普通列車の愛称)夜行列車がありました。小さい中学校の秀才(?)であっても高校や大学では自分より秀才は星の数ほどいることを知り、科学者になる夢は挫折、内気でお金も勇気も自信もない青春時代の私は、待ち合わせ時間の都合の良いこの列車をたびたび利用していました。我が家は島根半島の漁村。松江駅発のバス最終便の19時15分に間に合わないと家に帰ることができなかったのです。

 夜10時頃に乗車して、座って一夜を過ごすのです。ふろ?、そんなもの当然ありません。歯磨きも顔も洗いもなし。次の朝に松江駅に着くのです。夏は海水浴客、冬は氷ノ山や大山のスキー客でほぼ満員。そんなときには床に新聞紙を敷いて寝ます。

 4人の向かい合わせの座席ですから、隣や前の席に誰が座るかはその日の運まかせです。親切な行商の老婦人に何か食べものをもらったり(これは幸せ!)、若い女性が座ったり(ドキドキです。話しかけたくてもできません)。

 このような席で二度と出会うことのない人と会話が弾むことが時々あるのです。ある時に、私のような物思いにふけっている(?)青年と同席しました。彼から話しかけてきましたが、なんとおどろき。同じ高校の一年後輩でした。

 なんだ後輩か、と上級生ぶって話をしているうちに、彼は”岡 潔(おかきよし:当時奈良女子大教授、アメリカ帰りのフィールズ賞を受賞した高名な数学者)が高校の時に講演にきましたね”、と聞いてきたのです。”ウーン、確かに彼の講演は刺激的だったが、高齢であったこと、「数学のことを考えると、頭の中にメロデイーが流れる、美術館で良い絵を見る、コンサートで良い音楽を聴くことから数学は始まる、大脳前頭葉が中枢だ」と言ったこと、講演の後に左翼の高校生活動家がこの講演について怒っていたこと”などをおぼえてはいましたが・・・。

 後輩は物静かに語り続けました。彼の著した本の題名や内容、岡の言う日本的な良さ、「冬の冷たい水で洗うダイコンの白さが云々」と記述してある文章は特に感銘を受けた等々と。後輩なのに”すごいやつがいるなあ”と感心しました。

 我が家でしばらくぼーっとしてから、再び孤独な下宿の大学生活に帰り、早速、岡潔の著した新書本を3冊を買って下宿で読みました。おかげで、岡潔の思考するほんの入り口が理解できました。”人は勉強をしているなあ、自分はだめだなあ”と、またまた何日間か落ち込みました(しかし今はこの出会いに感謝しています。何故、解りそうもないような人生に深く悩んでいたのかと今は不思議に思っています。)。

 中国の陰陽五行は、人生を”青春、朱夏、白秋、玄冬”に区切っています。

青春「春の霞のようにいつもモヤモヤ。悩み挫折しながら生き方を試行錯誤している」

 朱夏「人生の真っ盛り。子育てにも追われるが仕事もバリバリ。より良い人生を模索中」 白秋「人の言葉を素直に聞ける。肩の力も抜け人生を惑わない。自分の天命をナットク。」

 玄冬「自分の人生を語り、キママに振る舞っても道を外れない。名人、ベテランの域」 とでも解釈しましょうか。

 50歳代後半の私たちの世代になると、高校時代の”知、体のスーパースター”のほとんどが普通のおじさんやおばさんになり、ホノボノと安心感を漂わせています。その人たちは自分の何かを蓄えていますが、決して人前で自慢はしません・・・白秋ですね。

 最近いただいた本に、出雲市出身の俳人、原 石鼎(はらせきてい)が「句をつくる態度」で述べています。「物に対する心のあり方としては、常にできるだけ低く構えて、したしみをもって見る。すると対象というものが、一種の輝きをもって現れてくる。」・・・味わいがありますね・・・玄冬の世界です。

 私なりに考えると”出会いから素直に学ぶ、学ぶ感性を磨く”、やはりこれに尽きると思います。右も左も分からなかった私も、様々な方々にこのような姿勢を教えてもらい青春を脱しました。出会いを感謝しています。CIMG2897.JPG


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