校長室だより 第1号 

春に思う・・・流行と不易

山田 和彦

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春らしい天気が続いたのも束の間でした。5月にもかかわらず梅雨入りです。県高校総体を前に雨が続いています。
私事ですが、本校に勤務をして二ヶ月が過ぎ、我が家からの通勤にもやっと慣れてきました。毎朝4時に起きて(早朝は頭が冴えていますね。学校通信等の原稿もこの時間帯に考えていました。)自分の仕事のことしか考えないような単身赴任生活が8年間も続きましたので、我が家からの通勤に戸惑う自分に苦笑いをする日も時々あります。
4月のある朝ですが、昇降口前で車から降りた生徒がすがすがしいあいさつをしてくれました。そしてまた、彼を送ってこられた保護者の方に車中からでしたが、とてもにこやかにあいさつをしていただきました。"・・・そらひろく はくうんゆうゆうさりまたきたる"まさしくそのような、とても気持ちの良い4月の朝でした。
(しかしながら、雨の日の朝は送りの車で渋滞となり、ご近所の方々にご迷惑もお掛けしているようです。近いところは徒歩での登校をお願いします。)
さて、この頃は学力向上が声高に唱えられています。ひと頃のゆとり教育が悪者になっています。しかしながらこのような針は、その時代によって右に左に揺れ動くのはいつものことです。その根底にあるものをしっかりと捉えておきたいものです。
プロ教師の会の諏訪哲二氏は、生徒が勉強をしなくなったのは生活力がなくなったからであるとの指摘をしています。前任校でも述べさせていただきましたが、私も感覚的にではありますが、この考えに同感もしています。
生活力とは、生活のしかたを身につける、嫌なことにぶつかってもすぐにあきらめない、欲望を抑える、気配りをする、我慢する力をつける、挑戦する力をつける、じっくり努力する・・・等の力であると彼は述べています。私は、あいさつ等の日常の生活において当たり前のことが当たりまえのようにできること、とも捉えています。
高校生の時であるからこそ授業での勉強は当然のこととして、部活動や生徒会活動、特別活動等の学校での活動のみならず地域での活動にも参加をして、そしてそこから学び、それを基盤にして学校の勉強もさらに深く学ぶ。これはいつの時代であっても不易のことと思っています。
しかしながら思春期はなかなか難しい時期ではありますね。自分自身を振り返ってもそのように思います。そして閉塞感が漂う現代社会は尚更です。
このような時代に生きる生徒たちに、渡邉民哉前PTA会長が本校PTA会報(平成12年12月号)の巻頭言で「未来はためらいつつ近づく」という題で思いを述べておられます。紹介させていただきます。
『・・・大人以上に不安に包まれている彼らにきわめて月並みでシンプルな言葉ですが、こう言ってやりたい。「大丈夫。心配はいらない。」と。(中略)もう、未来を語るのが気恥ずかしい年代になってしまいましたが、ためらいながら近づく未来に(たとえ不安や恐怖が拭えなくても)微笑みながら対峙していく姿を見せることができれば、と思います。』
そして6月。県高校総体での健闘を期待しています。

 


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